あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

緊急事態とは何か

 コロナ対応の緊急事態宣言が延長されましたね。テレビのない生活を謳歌している私は、Twitterの配信で知りました。

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 テレビでは、相変わらず国民の不安を煽ることだけを目的にしたような報道やらワイドショーやらが続いているのでしょか。だとしたら、そんなことをやらされている関係者の方々がなんとも気の毒な気がします。

 それはさておき、延長も含めると、この「緊急事態宣言」は、何度発出されたことでしょう。

 同じ問題に対して、こんなに頻繁に「緊急事態」が宣言されるのってどうなんでしょう。

 緊急事態って、そんなことが起きるなんて想定もしていなかったので、当然何の準備もできていないから、国民の生命、財産を守るために宣言するものなのではないでしょうか。

 ですから、事態が生起したばかりの段階で発出されることには全く違和感もありませんが、その後、どれだけ時間が経ってるんだよ、と思います。オリンピック、パラリンピックまで開催しておいて、今さら「緊急事態」って言われても、「そんなもん去年の始めから続いとるわ!」と思うのは私だけでしょうか。

 しかも、何の法的強制力もない宣言です。

 最初は仕方ないかもしれませんが、あれから一年半も過ぎたのに、未だに「発令」ではなく「発出」です。

 同じことは、災害時にも言えます。

 「避難勧告」や「避難指示」はあっても、強制力を持つ「避難命令」はないでしょう? 国や自治体など、「官」は悪の権化だから、主権者たる国民に対する「命令」なんか絶対に許してはならない、ということなのでしょう。

 その考え自体は、悪くはないと思います。基本的に個人は、それぞれの責任において自らの人生を営んでいるのであって、「官」からの不当な干渉など受けたくはないですから。

 でも、全く想定外で、何らの準備もできていない事態、あるいは、通常の行政能力では対処できないほどの事態が発生し、、あるいはその発生が明らかに迫っている場合には、国民の生命、財産を可能な翳り守るために、私権の制限を含む強制力のある、断固とした措置が取られるべきだと私は考えます。

 そして、国家が持つ資源(人員、装備、予算等)は限られていますから、それらを最も効率よく使って事態に対処しなければねりません。

 そのためには、一時的にせよ、有無を言わせぬ強制力が必ず必要になります。

 おそらく、多くの方々は「そんなこと当たり前なのに、何故やらないの?」と思っておられるかも知れません。

 でも、そう簡単ではないようです。

 阪神淡路大震災や、東日本大震災を経験した現在でもまだ、「どんな事態になろうが、国による私権の制限は憲法が許さない」そして、「憲法の一字一句も、変更は許さない」という意見が、実態は別として、マスメディアの報道の中では、あたかも大多数の意見のように扱われているからではないでしょうか。知らんけど。

 いずれにしても、そのような、私権の制限を伴うような、非情な措置であってはじめて「非常事態宣言」なのだろうと思います。

 昨年来、何度もダラダラと「発出」されている「緊急事態宣言」が、国民の間に、緊急事態というものに対する謝った認識を植え付けはしないかということを私は懸念しています。