6月3日(月)〜6日(木)、パールハーバーに寄港した我が練習艦隊は、現在、米西海岸にある次の寄港地サンディエゴへ向け第2レグを航行中です。
東太平洋のこの海域は、本当に何にもない大海原です。昼間は来る日も来る日も、360度の水平線しか見えません。時々、イルカの大群が近寄って来てピョンピョン飛び跳ねながら並走して楽しませてくれたりもします。
そして太陽が水平線に沈んでいく様を、周囲に何もない状態で眺めていると、地球が球体であることや、自転しているということが感覚的に理解できます。
また、夜の帳が下りると、晴れた日ならば、それこそ漆黒の天蓋に、見たこともない数の星々が思い思いに煌めき、私たちが大宇宙に抱かれた存在であることを思い知らされます。
平素の生活では感じることのできない、そんな巨視的感覚を体験するだけでも遠洋練習航海に参加する大きな意義があると思います。
尤も、遠洋練習航海部隊の目的は、そんな海のロマン、宇宙のロマンに浸ることではありません。任官したての実習幹部を一人前の「海軍士官」に育て上げることです。遠洋練習航海中は、まだ自分が艦艇幹部になるのか、パイロットになるのか、あるいは後方職域になるのか誰にも分かっていません。例外は、技術幹部として採用された少数の2等海尉(工学系大学院を卒業しているため、3等海尉ではなく2等海尉に任官します)だけです。
今後、様々な職種に分かれる彼らですが、幹部海上自衛官の「基本」として、艦艇勤務の何たるかを叩き込まれるわけです。
航海中は、毎日、朝から晩まで、様々な訓練が行われますし、訓練の合間には、航海当直に就き、艦橋、CIC(戦闘指揮所)、機関科などでの当直をローテーションを組みながら実習して行きます。
中でも、遠洋航海ならではの訓練に、「天測航法」があります。
航海中の艦船で常に重要なのは、現在の位置(艦位)を途切れることなく把握し続けることです。何をするにしても、現在の艦位が全ての基礎になるからです。
もちろん、現在ではGPSにより容易に正確な位置情報が得られますが、戦闘艦である以上、大きな損害を被った状態でも任務が遂行できるよう、マニュアルでの高い艦位測定スキルを維持しておく必要があります。
沿岸部であれば、山頂や島、目立つ建造物など、3つの目標方位を測定することで艦位を得ることができます(三点方位法)。下の写真のように、艦橋左右に備えられたコンパス(羅針盤)で、素早く3点の方位を測定し、その方位角を記憶して、チャート台に向かい、それぞれの目標からの方位線を描き入れます。理論的には、1点で交わる筈ですが、慣れないと大きな三角形ができてしまい、艦位不明となってしまいます。何事にも場数が必要なんです。
夜間の測定目標は、灯台です。灯台は、一つ一つ光のパターンが異なり、その特徴がチャートに記載されていますので、特定することが可能です。
では、陸地のない大海原ではどのように艦位を測定するかと言うと、天空に無数にある天然の灯台を利用します。実際に使用される星の数はかなり限られていますが、ある海域のある時刻にどの星が概ねどの方角のどの高さに見えるかと言うことは予め分かっています。ですから、比較的目立つ星を3つ、夜空の中から特定し、それぞれの水平線からの高さを計測します。ある時刻にその星をその高さに見る場所は、一つの線上に限られます。ですから、3つの星の高さを計測することで、自艦の位置を含む3本の線が得られますので、「三点方位法」と同じように艦位が得られることになります。
でも、実際には言うほど簡単ではありません。六分儀(ろくぶんぎ)と言う専用の器材を使用して星を水平線まで「降ろす」のがなかなか難しいのです。すぐに目標を見失ってしまいます。しかも、星と水平線の両方が見えるのは、夜明け前の非常に限られた時間だけですので、ゆったり構えていたのでは目標が消えてしまいます。
天測航法も、最初は信じられないくらい大きな三角形しかできませんが、次第に小さくなって行きます。場数です。
さて、我らが三宅由佳莉さんはどうしておられるでしょうか。先日、ようやくハワイでの演奏会で歌を歌っておられる写真が在ホノルル総領事館のツイッターで公開されました。艦上での動向については何も情報がありませんが、洋上での勤務ぶりについてちょっと想像してみました。
音楽隊は、各寄港地で様々な行事をこなします。毎朝の自衛艦旗掲揚では、君が代と訪問国の国歌を吹奏しますし、市中パレードへの参加、慰霊碑等への司令官の献花の際には吹奏で厳かさを演出します。また、かしま艦上での司令官主催レセプションでは奏楽でムードを盛り上げるなど、八面六臂の活躍ぶりです。艦上レセプションや、地元の日本大公使主催レセプションの折には、三宅由佳莉さんの歌も披露されるでしょう。
ですから、航海中も、音楽隊はそれらに向けた練習やリハーサルを繰り返しているのだと思います。揺れる艦上での演奏練習は、様々な困難が伴うと思いますが、みなさんそれらを克服しながら励んでおられることでしょう。
そして、ひょっとしたらですが、好奇心旺盛な三宅由佳莉さんのことですから、六分儀を使った天測航法を「やらせてください」とお願いして、やっているんじゃないかと思えてきます。他にも、この機会にしか体験できないことを積極的にやらせてもらっていたとしてもちっとも不思議じゃない、そう思わせるものがありますよね。 多分そんなことをやってる暇はないとは思いますが、そんな風に取り組んでいる三宅さんを想像するのは楽しいことです(╹◡╹)