あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「ただいまから、上甲板でシャワーを許す」

 

 遠洋練習航海、パナマ編の続きです。

retcapt1501.hatenablog.com

retcapt1501.hatenablog.com

 パナマ運河でのダイナミッック(?)な思い出としては、洗濯が挙げられます。

 なぜ、洗濯がダイナミックなの?

 私が乗艦していた護衛艦「あさぐも」はディーゼル艦でした。つまり、ディーゼルエンジンでスクリューを回して推進していく方式です。

 舶用ディーゼルエンジンは↓こんな感じです。

f:id:RetCapt1501:20171118124302j:plain

 他方、旗艦「かとり」は、蒸気タービン艦です。大きなボイラーで蒸気を作り、その噴射力でタービンを回し、その回転が減速機を通じてスクリューを回します。

 舶用タービンは↓こんな感じです。これがハウジングに納められており、このほかに巨大なボイラーが必要です。

f:id:RetCapt1501:20171118125322j:plain

 両者にはそれぞれ長所と短所があります。まず蒸気タービン艦は、エンジンの起動にものすごく時間がかかります。ボイラに火を入れてから、タービンを回すのに十分な蒸気圧力を得るまでに何時間もかかるということです。ですから、緊急事態への即応という面では、難点を抱えていると言えますが、特大のボイラーを持っていますので、造水能力があり、長期行動中でも水に困ることはありません。

 それに比べ、ディーゼル艦は、エンジンの起動が短時間でできるため、緊急事態への即応にはもってこいですが、水を造ることができません。洋上補給艦の支援が受けられる環境ならまだしも、遠洋練習航海部隊のように、無補給で太平洋を横断するような行動においては、厳しい水の制約を受けます

 もっとも、私が遠洋航海に参加したのは昭和57年(1982年)のことで、当時は蒸気タービン艦かディーゼル艦しかありませんでしたが、現在の海上自衛隊では、補給艦や掃海艇などを除き、機動力が求められる護衛艦はすべて(だったよな(ー ー;))ガスタービン艦です。ガスタービンとは、旅客機のジェットエンジンを艦艇用に転用したものです。ものすごく軽量で信じられないくらいのパワーが出ますし、何と言っても、起動に時間がかからない上に、極めて短時間でフルパワーが出せる強みがあります。このエンジンはもちろん水を造ることはできませんが、現在の護衛艦は、海水をろ過して大量の真水を造ることのできる造水機を搭載しています。つまり、いとも簡単に、かつての難問をどちらも解決してしまったというわけです。

 さて、パナマ運河です。

 真水の使用が極端に制限されるディーゼル艦では、一人一日洗面器一杯分の水ですべてを賄っていました。洗濯など「贅沢にもほどがある!」という状態です。

 そんな哀しいディーゼル艦「あさぐも」は、パナマ運河の水門を通り、淡水のガッツン湖に入るや、艦底にあるスクープ弁を開き、大量の真水を艦内の水管系に供給し始めました。真水が供給されるのは、この湖を通過している間だけです。非番の者は、とにかく洗濯と水浴びがしたくて、汚れ物を浴室に持ち込み、今だけは好きなだけ使える真水を流しっぱなしにして、裸で大騒ぎです。洗濯機は数台しかありませんので、皆、浴室の床に戦闘服を広げてデッキブラシでゴシゴシ洗いました。気分よかったです。

 大してダイナミックでもなかったですね(≧∇≦)

 哀しいディーゼル艦は、パナマ運河を出てしまうと、また真水難民に戻ります。

 艦隊は、2隻のみの編成でしたが、たった2隻でも常に陣形を組んで航行します。旗艦を基準に、その後方の定められた占位位置を保つのが「単縦陣」で艦艇乗りはこの陣形を「一本棒」と呼んだりもしています。呼んで字の如しです。

 単縦陣が大体基本ですが、実習幹部の訓練のため、航海中は何度も陣形変更の命令が発令されます。新たな陣形が予令されると、当直士官の見習いとして立直している実習幹部は、発令後に自分がどんな指示をすべきかを把握するため、両艦の速力・針路からベクトル計算を行います。予令から発令まで長くはかかりませんので、実習幹部は焦るわけです。ベクトル計算結果に、艦の特性や惰力の影響を加味して腹案を練り、発令と同時に「おもーかーじ(面舵)、両舷前進きょうそーく(強速)」と、独特の節回しで操艦号令を発します。ところが、計算が間違っていることもよくあります。そんなときは、本物の当直士官が、「もどーせ(戻せ)、とりかじいっぱーい(取り舵一杯)」と、瞬時に号令を上書き訂正します。そして、誤って危険な号令をかけてしまったような場合には、そのあと拳骨が飛んできます。体罰もくそもありません、乗員の命と艦の安全を担っていることを肝に銘じるための一発です。ほかにも、甲板上でループ状になっているロープ類の中に足を踏み入れたりすると、声の前に拳骨が飛んできます。脚一本を失うおそれのある危険な行為だからです。こうして艦乗りたちは、艦上で無事生き延びる術を教えられていくのです。もっとも、最近は拳骨指導はやっていないと聞きます。ゴチャゴチャ言わず拳骨一発で指導、拳骨を食らった方も、何故食らったかすぐに理解できる。そういった人間関係が築きにくい時代なのでしょう。

 すっかり話が脇道にそれてしまいました。

 哀しいディーゼル艦「あさぐも」は、いつも水に飢えていましたから、洋上で水が得られるチャンスは逃しません。

f:id:RetCapt1501:20171109014942j:plain

 見張員から「2時の方向、水平線上にスコール」などと報告が入ると、艦長は司令官に対し「本艦解列し、雨域の調査に向かう」と報告、了解を得ると直ちに「おもーかーじ、両舷前進きょうそーく」「前方のスコールよーそろ」と小気味よく号令を発し、スコールの「調査」に向かいます。そして、艦内に向け

「ただいまから、上甲板(じょうかんぱん)でシャワーを許す」

の号令がかかるわけです。

 非番の乗員は、大慌てで裸になり、頭にシャンプーをふりかけると、そのまま上甲板に出て、天然の激しい「シャワー」を浴びるのです。こんなに気持ちのいいシャワーはありません。ただ天は気まぐれです、頭が泡だらけなのに突然雨が止んだりもします。そんなときは、艦橋にいる当直士官がレーダー画像なども参考に、雨雲を追いかけて「調査」が継続できるように配慮してくれます。

 考えてみれば、不便さというものは、いろいろなアイディアの源であり、工夫して得られた小さな喜びは、便利さに囲まれているときに得ているはずの十分な喜びよりも、よっぽど大きな満足感を与えてくれるような気がします。

 今回は、哀しいディーゼル艦での実りある生活の思い出を紹介しました。

 繰り返しになりますが、現在の護衛艦ではこのような真水難民に陥ることはありませんので念のため。

 シリーズは続きます。