あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「両舷停止!」

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 今回は、ちょっと久しぶりに海上自衛隊のことを書こうと思います。

 タイトルは「りょうげんていし」。艦艇の速力に関する号令の一つです。

 艦艇は、プロペラシャフトを左右両舷に1軸づつ備えた2軸推進が普通です。ですから、速力号令は、両軸を同じように使う場合には「両舷前進微速!」のように言いますが、左右それぞれを違う使い方をする場合には、「右前進微速、左停止」のように別個に号令します。

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 さて、今回の話題は、私が防衛大学校の学生だったころ、同じ海上要員の先輩から聞いた話です。捉えようによっては、海上自衛隊に対する誤解を生みかねないため、ちょとためらいもありますが、私にとってはとても印象に残るエピソードですし、以後30年余り、幹部海上自衛官として勤務する上で、指針の一つともなったものですので是非ご紹介したいと思います。海上自衛隊の健全性を示すものでもあると思っています。

 その先輩が、夏の乗艦実習で乗り組んだ艦は、護衛隊の旗艦(「きかん」、「はたぶね」とも言います)でした。旗艦というのは、この場合、護衛隊の指揮官である護衛隊司令が座乗している艦ということです。

 旗艦の艦橋には、艦長の他に隊司令がいるわけです。

 隊司令は、指揮下の各艦に対し航行中や戦闘訓練での陣形や各艦の役割などを命じて「隊としての」動きをコントロールしています。

 これに対し艦長は、隊司令から受けた命令に基づき、自分の艦の動きや戦闘要領などについて具体的に采配を振るうわけです。

 「隊として」航行中の部隊は、単なる移動(トランシット)であっても、通常、隊司令から命じられた「陣形」を保って行動します。トランシットの場合、最も一般的な陣形は、旗艦を先頭にした単縦陣(1列縦隊のことです)です。

 このエピソードは、2隻隊が、まさに単縦陣でトランシット中のお話です。

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 艦橋に隊司令と艦長がいる状態で、当直士官(当時:現在は常に哨戒配備をとっているため、哨戒長)が旗艦の操艦に当たっていました。

 はるか右前方に、隊の進路を横切ることが予想される大型タンカーが航行中であるとの、右見張りから報告を聞き、「隊司令」は当直士官に、「今のうちに増速して早めにタンカーをかわせ」と指示しました。

 当直士官は、「両舷前進強速!」と速力号令を発し、旗艦は「原速(12ノット)」から「強速(15ノット)」に増速します。旗艦が速力を変更する場合、艦のマストから両舷に張られているワイヤに設えられた「速力通信儀」という形象物の位置を変えることで後続艦に新しい速力を伝えます。

 「隊司令」が「ここは1戦速(18ノット)を使え」と、さらに指示したため、当直士官は再び「第1戦速!」と号令を発します。そして艦が増速を始めたその時、「両舷停止!」という決然とした号令が響き渡りました。それまで黙っていた艦長の、厳粛な大号令でした。

 そして、当直士官に対し「馬鹿者! 隊の旗艦をあずかる者は、自艦だけでなく、後続艦も合わせた長い部隊を率いているのだ。そのことを忘れて軽々に横切り船の前を通過しようとするとは何事だ!」と喝を入れたのです。

 もうお気づきですね? 艦長は、当直士官に仮託して、自分の上司たる隊司令を諌めたのです。二つの意味でです。

 一つは当直士官に言った、運行上の諌め。そしてもう一つは、この艦の運行に責任を持っているのは誰なのかという諌めです。

 おそらく、隊司令は、それまでも艦の運行に度々口出しをしていたのでしょう。艦長は、「隊司令は隊の動きに責任を持ち、艦長は艦の動きに責任を持つ」という原則を忘れている隊司令を諌めるチャンスを伺っていたのだと思います。

 先輩によると、誰の目にも隊司令が艦長に叱責されたように見えたそうですが、それに対し特に何を言うでもなく、以後、艦の運行には口を出さなくなった隊司令も、艦長の諌めを呑み込む度量があったということだと思います。

 

 上司への諌めは、簡単ではないが、必要なときには決然としてなすべし。

 諌めるにしても、そのやり方には十分念慮を働かすべし。

 部下からの諌めは自分への配慮と心得るべし。

 

 先輩の話から、私が学んだことです。