海上自衛隊のセントラルバンドである東京音楽隊は、防衛大臣直轄部隊です。
といっても、特別の意味があるわけではありません。
大臣直轄部隊は他にもたくさんあります。というか、すべての部隊は当然、防衛大臣の指揮下にあるのですが、大臣命令の「あて先」となる部隊、つまり、大臣の直下に位置している部隊のことを防衛大臣直轄部隊と呼んでいます。ちょっと分かりづらいでしょうか?
具体的には、自衛艦隊、横須賀•呉•佐世保•舞鶴•大湊の各地方隊、教育航空集団、練習艦隊、海上自衛隊警務隊、東京音楽隊等が大臣直轄部隊です。
防衛大臣から見れば、海将(海軍中将)である自衛艦隊司令官も、2等海佐(海軍中佐)である東京音楽隊長も、同じ「大臣直轄部隊の長」であり、直接命令を伝える相手なのです。
大臣直轄部隊以外の部隊は、いずれかの大臣直轄部隊の隷下部隊として編成されています。例えば、護衛艦隊・航空集団・潜水艦隊などは自衛艦隊の隷下部隊ですし、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊の各音楽隊は、それぞれの地方隊の隷下部隊です。
このような指揮系統を通じて、大臣の命令は末端の部隊にまで及ぶわけです。そして大臣による海上自衛隊の部隊に対する指揮を補佐する幕僚機構(スタッフ・オフィス)が二つあります。
もっぱら部隊の作戦・運用に関する指揮を補佐するのが統合幕僚監部(統幕)であり、部隊の練成訓練、後方支援、隊員の教育訓練、広報などに関する指揮を補佐するのが海上幕僚監部(海幕)です。もっとも、運用にかかるものでも、海上自衛隊のみで完結するようなものについては、海上幕僚監部が補佐をする場合があります。先般ご紹介した砕氷艦しらせによる南極観測支援業務や、遠洋練習航海などがこれにあたります。
前置きがずいぶん長くなりましたが、東京音楽隊は、その固有の任務が「隊員の指揮高揚のための演奏」「儀式・式典における演奏」そして「広報のための演奏」ですので、もっぱら海幕のコントロールを受けて活動を行っています。
海幕で東京音楽隊や地方の音楽隊にかかる施策を管轄しているのは、広報室です。音楽隊は広報活動の強力なツールですから、音楽隊を充実させ、それを活用して広報戦略を展開していくのは彼らの任務の一つです。
とはいえ、扱うものは音楽ですから、大くくりな広報戦略は海幕広報室が描くにしても、演奏内容に関しては、プロ集団である音楽隊、特に東京音楽隊の意見や考え方というものが色濃く反映されているはずだと思います。
そのような観点で、東京音楽隊の演奏活動を見ていくと、なかなか興味深いものがあります。
例えば、「我は海の子」です。
Youtubeに投稿された動画で辿る限り、この曲が最初に公の場で演奏されたのは、前回の観艦式が行われていた平成27年10月10日、観艦式及び横須賀製鉄所(造船所)創設150周年を記念して、よこすか芸術劇場に全音楽隊が集結して行われた「海上自衛隊バンドフェスティバル」であったと思われます。
「我は海の子」は、私の世代ならば小学校の音楽の教科書にも載っていた、いわゆる文部省唱歌です。
でも、私も知らなかったのですが、戦後、3番までしか教科書に掲載されなくなってしまったこの歌の歌詞は、本来は7番までありました。
そして、7番では「いで大船を乗り出して、我は拾はん海の富、いで軍艦に乗り組みて、我は護らん海の國」と歌われていたのです。つまり、海の国である日本の民としての心意気が歌われた7番こそが、この歌のまさに真髄であろうと思うのですが、ここを切り落とした歌唱が罷り通っているわけです。
東京音楽隊は、この点に注目し、7番の歌詞を取り入れた演奏活動が必要であると考えたのだと思います。
そして、その翌年(平成28年)、この曲に関して、最も感動的な演奏が、柏原神宮の神武祭で披露されたと考えています。「三宅由佳莉さんのおじぎと敬礼」という記事でも取り上げていますので、よかったら読んでみてください。
このようにして、練り上げてきた「我は海の子」の仕上げとして演奏されたのが、昨年(平成28年)の音楽まつりにおける東京音楽隊のドリル演奏でした。
この場で、川上良司さんと三宅由佳莉さんは、見事に、「我は海の子」の7番を歌い上げました。しかも、制約のある中で、とても感動的に。
このように、東京音楽隊は、それまでタブーとされていたことや、国内世論に強い影響力を持ちながら、日本人の誇りを挫き、日本を貶めるような活動を展開してきた勢力に抗うような演奏活動を徐々にではありますが、展開しているように思えるのです。
今年の活動を見てみましょうか。
海上自衛隊の音楽隊が、演奏会の最後に、行進曲「軍艦」を演奏するのは、お約束のこととなっています。でもそこにも変化が出てきています。
今年の4月29日、東京音楽隊が初めて、niconico超音楽祭に出演し、様々な演奏を披露した後、いつものように、行進曲「軍艦」を演奏しましたが、何と、「海ゆかば」のパートから、川上良司さんと三宅由佳莉さんの歌が入り、さらに男性4人のヴォーカルを加えて、「軍艦」の1番を歌い上げました。
と言ってもなかなかピンとこないかもしれませんね。
では、行進曲「軍艦」の歌詞をみてみましょう。
1.護るも攻むるも黒鉄(くろがね)の浮かべる城ぞ頼りなる
浮かべるその城日の本の、皇国(みくに)の四方を護るべし
鋼(まがね)のその艦日の本に仇(あだ)なす国を攻めよかし
2.石炭(いわき)の煙はわだつみの龍かとばかり靡くなり
弾撃つ響きは雷(いかづち)の声かとばかりどよむなり
万里の波涛を乗り越えて皇国(みくに)の光輝かせ
海ゆかば水(み)づく屍(かばね)
山ゆかば草むす屍
大王(おおきみ)の
辺(へ)にこそ死なめ
長閑(のど)には死なじ
このように、字に起こしてみるとわかりますが、行進曲「軍艦」は、海上自衛隊の正式な儀礼曲であり、行進曲ですが、その歌詞は、皇軍たる帝国海軍の立場で書かれているため、公の場で歌として披露するのは大変な勇気を要することです。
私が若い頃に、この歌詞を公の場で披露するなどとても考えられないことでした。
そんなことをすれば、それこそ揚げ足取りな人々の餌食となり、おそらく国会で「大問題」として取り上げられたことでしょう。
まず、大変影響力のあるniconicoの世界で、このタブーに挑戦し、そして、今年、平成29年の自衛隊音楽まつりのドリル演奏における、締めの行進曲「軍艦」で、ついに最初から歌を入れてきました。ひょっとしたら、やるかもしれないとは思っていましたが、正直言って、感動しました。
特に、曲の終盤、このチームが一丸となって前進を始めるシーンは、まさにこのチャレンジの心意気を示しているようで、感動の極みです。
このように、海上自衛隊東京音楽隊は、少しづつ、でも着実に、我が国における謂れのないタブーに挑戦し続けているのだと、私は理解しています。
日本のため、そして日本国民の誇りのため、海上自衛隊東京音楽隊の今後ますますのチャレンジに期待しますし、絶大な支持を表明します。
がんばれ、東京音楽隊!!