先週(2022年11月4日)、横須賀芸術劇場で開催された、「海上自衛隊創設70周年記念国際観艦式2022演奏会」に行ってまいりました。2年前の10月、横音「ふれあいコンサート2020」以来2年ぶりの横須賀ですが、幸い天候にも恵まれ、ヴェルニー公演から、国際観艦式に参加するため集まった各国艦艇の様子なども見ることができました。
前回の観艦式は、ちょうど私が退官した2015年に開催されましたが、何しろ外の世界に飛び出したばかりで、観艦式への関心もさほど高くなかったこともあり、完全にスルーしてしまいましたので、横須賀芸術劇場での観艦式記念演奏会に足を運ぶのは今回が初めてです。
今回の演奏会の報告の前に、2015年の演奏会がどんな感じだったのかについて、ちょっと触れておきたいと思います。
■前回(2015年)の演奏会について
2015年の演奏会は「バンドフェスティバル」と銘打って、海自の6個音楽隊の全てが一同に会しての大変規模の大きな催しとなりました。
この年の観艦式は「国際観艦式」ではありませんでしたが、米国、オーストラリア、インド、フランス、韓国といった友好国海軍からも参加を得ていましたので、演奏会の冒頭には、これらの海軍を代表して参加する艦艇の指揮官(艦長)を紹介して、連帯の絆を確認するシーンもありました(下の動画)。
これは、単なるイベントではなく、対外的アピールの意味合いを持つ、大変重要な儀式であると思います。
最終曲の演奏が終わった後のカーテンコールでは、東京音楽隊の手塚隊長(当時)が、三宅由佳莉さんと中川麻梨子さん、次いで各地方音楽隊長をステージ上に呼んで喝采に応えます。
そして最後は、全音楽隊による巨大編成での、圧巻の行進曲「軍艦」です。
■今回の演奏会の概要
さて、今回はどのような感じだったのでしょうか。
まず最初に驚いたのは、今回の演奏会の司会進行役を、東京音楽隊の竹中晶子さんが担当されたことです。平素の演奏会では、荒木さんや吉田さんなど、若手あるいは中堅に至るか至らないかくらいの方々がMCを務めているものですから、もう重鎮の域に入られている竹中さんがマイクを握って登場された時に驚いたのでした。でも、考えてみれば、7年前のこの場では、プロのアナウンサーの方がMCをされていたとおり、やはり平素の演奏会とは格が違うのかなとも思います。正直言って、竹中さんの声をお聞きするのは初めてだったんですが、大変聞きやすく、英語でのアナウンスは英国風で気品が感じられました。演奏会そのものもさることながら、竹中さんの司会進行も見所の一つだったと思います。
今回の観艦式についてはいくつかの特性が挙げられます。
第一に、我が国が主催する20年ぶりの「国際観艦式」であること、そして第二にコロナ禍がまだ終息したとは言い難いこと、そして第三に複数の要因で国際情勢が大変緊迫していることなどです。
今回も、全国の6音楽隊からの参加が得られるものの、まずコロナの影響から、2015年のような大規模編成を取るのは難しいでしょうし、国際観艦式という性格を考えれば、海自単独での開催ということもあり得ないでしょう。また、緊迫度を増し続ける我が国周辺の国際情勢に鑑みれば、「自由で開かれたインド太平洋」という、我が国が提唱した国際安全保障構想をショウアップする必要もあると思います。
今回の演奏会は、まさにそのような情勢を踏まえた構成になっていたのではないでしょうか。今回の演奏会のパンフレットです。
国際観艦式らしく、米国、インド、パキスタン、そして日本の音楽隊によるジョイントコンサートになっています。今回の観艦式に参加したのは環太平洋を中心とする多数の諸国ですが、限られた時間の中で4カ国に絞り込んだものと思われます。「自由で開かれたインド太平洋」構想を念頭に、米国、インドが、そして、インドとは長年対立関係にあるパキスタンの参加を得るというのは、外交上のバランスにも配慮した結果ではないかと思います。
■米海軍第7艦隊音楽隊
最初に米海軍第7艦隊軍楽隊のビックバンド「Pacific Ambassadors」(だと思います)による演奏が行われましたが、さすがのサウンドと「ノリ」の良さで、一気に会場の雰囲気を作ってしまいました。初っ端に「In the mood」から入られると、もう気分が上がらざるを得ないでしょう。
二曲目以降、二人女性歌手が逐次登場して、演奏に花を添えました。しかも、お二人ともステージ映えする身のこなしとソウルフルな歌声が大変魅力的でした。
開催地である横須賀をテーマにした山口百恵さんの「横須賀ストーリー」が、完璧な日本語で歌われたのには舌を巻きましたし、「Georgia on My Mind」に込められた郷愁も存分に伝わりました。
そして「Sing Sing Sing」では、会場全体が沸き立つような興奮に包まれていきました。最後に演奏されたのは「Anchors Aweigh」日本語では「錨を上げて」ですね。
この曲が終わって、指揮者がステージから下がり、バンドの皆さんが立ち上がって、「終わりです」的雰囲気を醸しているのですが、拍手は鳴り止みません。それもそのはず、セットリスト上、「Stars and Streipes」が最後の曲として記載されているからです。アンコールしなきゃ演ってくれないんじゃないかと、皆さん盛大な拍手を送っているのわけです。ところが、アナウンスが入り、本当に終わったことが伝えられました。
何かの事情で、時間調整の必要が生じたのかもしれません。ちょっと残念でした。
■インド海軍軍楽隊
次に登場したのが、普段なかなか目にする機会がないインド海軍軍楽隊です。
海自や米海軍と同じタイプの黒の制服姿で入場する姿は、気負いもなく大変カジュアルな印象でしした。ちなみに、インド海軍の士官の階級章は日米と共通しているものと思われ、今回指揮された少佐の袖には二本の金線の間に細い金線が逢着されていました。
ちなみに、インド海軍は英国l海軍式に金線にループをあしらっていますが、海上自衛隊の3等海佐(少佐)は「桜」、米海軍少佐は「星」があしらわれています。尤も、米海軍の場合、星があしらわれるのは兵科(戦闘職種)であり、その他の職種の場合にはそれぞれのシンボルがあしらわれます。
おっと脱線癖が出てしまいましたね、本題に戻ります。
演奏された曲目は、残念ながら知らない曲ばかりです。当世のインドで人気の高い曲や、海軍の伝統的な楽曲などを織り交ぜた5曲が披露されましたが、その全てに通底するのは、穏やかな精神性とでも言うべきものではなかったかと思います。以前、「ネイビーブルーに恋をして」というブログで、どんなジャンルにせよ、作曲者した人が生来持っている民族性あるいは国民性というものがその曲調に必ず反映されているというような記事を読みました。今回、なるほどなぁと感じた次第です。
その中で、最後に演奏された「Jai Bharati インド海軍テーマ曲」は、演奏される前から、「これって、日本で言えば ”行進曲軍艦” じゃないのかな」と思っていましたが、会場内の多くの皆さんも同じ考えだったのでしょう。どこからか始まった手拍子が会場内に広がり始めると、指揮をされていた少佐が観客席の方を半身で振り返り、ちょっと嬉そうな表情で、さらなる手拍子を促す仕草を取りました。会場内は大きな手拍子で包まれます。観客席とステージが一体となるなかで、インド海軍軍楽隊の演奏が終わりました。
ここで20分間の休憩に入ります。
■パキスタン海軍軍楽隊
次のプログラムはパキスタン海軍軍楽隊の演奏です。
登場のシーンの冒頭で、会場内には驚きの響めきが広がりました。
左袖から、まず登場したのはパキスタン海軍の軍旗を長くてどっしりとした旗竿に掲げ、白い軍装に身を包む旗手だったからです。
大きくて立派な軍旗がステージに向かって右奥の定位置に向かうなか、やはり白り軍装の他の軍楽隊員が、5〜6名づつの一列縦隊で行進しながら入場、それぞれ自分達の席の前に来ると、一斉に右向け右をして、一斉に座ります。
そして最後に、今回の指揮者(アナウンスによると下士官のようです)が、登場するのですが、胸を張り、腕を水平になるまで大きく降って、行進するように指揮台に向かいます。インド海軍のカジュアルな入場の仕方とは対照的で、全般にミリタリーを強調した演出になっていました。
パキスタン海軍の演奏曲目も、知らない曲ばかりなのですが、インドとは対照的に勇ましい印象を受けました。これも国情を反映したものなのでしょう。
知らない曲ばかりではあるのですが、最後に演奏された「Chandni Raatein 煌めく夜」については、ちょっと書きたいと思います。この曲、日本の童謡「小さい秋」のメロディに聴こえてきます。私の席の周囲でも、演奏後に「小さい秋じゃなかった?」との声が聞こえましたし、他の方のブログなどでも「小さい秋に聞こえたんだけどYouTubeで検索したら、全然小さい秋じゃなかった」などとの記載がありました。
確かにYouTubeで検索にかかる「Chandni Raatein」は全く違うバラードです。実は、インド海軍のテーマ曲「Jai Bharati」を検索した時にも同じことが起きました。同じタイトルなのに全く違う曲ばかりが出てきます。おそらくですけど、好まれるタイトルというのがあり、異なる楽曲がタイトルを共有することがあるのではないでしょうか。インド海軍テーマ曲については、それでもなんとか探し出すことができましたが、私たちが会場で聴いたパキスタンの「Chandni Raatein」は、ついに見つけることができませんでした。それでも、あの曲は間違いなく「小さい秋」のメロディをもとに、西アジア風にアレンジされたものです。パキスタン海軍軍楽隊が日本で演奏するのは今回が初めてということもあり、全般に大変気合いが入っていましたし、最後には日本に縁のある曲を持ってきたのだと思います。
■閑話休題
さて、インド海軍軍楽隊、パキスタン海軍軍楽隊のプロフィールを見ますと、ともに1947年創設とされています。そうです、もともと大英帝国の広大な植民地であった両国が、分裂する形とはなりましたが、英国から独立を果たしたのが1947年で、同時に国軍が創設され、軍楽隊も置かれたということです。
インドのモディ首相は、2016年に「イギリスが戦勝国であるにも関わらずインドから撤退したのはガンジーのためではなく、インド国民軍のためである」との英国の機密文書を公開しました。そのインド国民軍とは、先の大戦中、英軍将兵として日本の捕虜になっていたインド人らを中心に、日本軍の支援により創設され、日本軍とともに多大の犠牲を払いながらインド独立のために戦いました。戦後、英国に対する反逆罪に問われ処罰されそうになりますが、これに反発する市民や英印軍内のインド兵らが反乱、これを収拾することができず、インドの独立を認めざるを得なくなったということが英国から見た真相というわけです。学校の歴史教科書に書いてあるのは、実際には影響力の無かったガンジーの無抵抗主義のことだけですね。世の中を実際に動かしているのは「力」であるという真実をどこまでも隠したい勢力が、いろんなところに仕掛けを埋め込んでいるのが我が国の現状です。
そして、独立は決まったものの、というか独立するからこそ、世俗的なヒンドゥー教徒と厳格な戒律を重んじるイスラム教徒の間の利害や理念の対立も表面化し、インド、西パキスタン、東パキスタンに分裂する結果となりました。ちなみに東パキスタンは現在のバングラデシュです。
ですから、日本軍と共に戦ったインド国民軍はインドとパキスタンに分裂していたわけではなく、両国にとって、インド国民軍は共に英国からの独立の中核的存在であり、また日本との繋がりの縁でもあるのだと思います。
またしても、大幅に脱線してしまいました(≧∀≦)
■海上自衛隊音楽隊
そして最後に登場したのが、海上自衛隊音楽隊です。トリです(当たり前)
ステージ上には椅子が譜面台が次々と追加されていきます。
音楽隊の皆さんが、黒の演奏服装で左袖から登場されます、今回の演奏会では、おそらく接触の機会を機会を低減させるため、登場と退場が一方通行方式になっているようで、左から登場して右袖に退場という形になっていました。
お、岩田さんだ。もう何年もお姿を拝見していないコントラバスの岩田有可里さんがバスを抱えたまま左から右の定位置まで進んで行かれます。元気そうなお姿を拝見して安心しました。岩田さんについては、赤レンガ倉庫での演奏会の記事で別途取り上げたいと思います。
あ、赤嵜さんも左側の定位置にいらっしゃいます。ステージ奥を見ると、中村圭吾さんの姿も見えます。なんだか、コロナ前の東京音楽隊のような錯覚を覚えます。
そして、最後に登場するのは、9月に東京音楽隊長に就任された植田哲生2佐です。
ちょっと緊張されているようです。東京音楽隊長に就任後、おそらく最初の大きな舞台ですから当然ですよね。でも、各曲の演奏を始める前に、おそらく演奏の準備が整うまでの場繋ぎのためなのでしょう、ご自身の言葉で曲の説明をされていました。決して流れるような軽妙なトークではありませんが、隊長の実直さがよく伝わり、大変好感の持てるものでした。
一曲目の「波に映るは暁の色」ですが、これは海上自衛隊創設70周年記念・東京音楽隊創立70周年記念楽曲として、「艦隊これくしょん」の楽曲などを手掛けてこられた亀岡夏海さんに委嘱してつくられたもので、大変素敵な曲でした。
YouTube上で音源の動画は見つかりませんでしたので、海自が公式チャンネルで公開するのを待つしかないと思います。
二曲目の「君が代行進曲」は、私が大好きな行進曲の一つでもあり、セットリストを見た瞬間にちょっと興奮してしまいました。国歌「君が代」の重厚な旋律を、勇壮で心躍る行進曲として編み直したその技巧には何度でも賞賛を送りたい気持ちです。
4年前の東郷の杜音楽祭での東京音楽隊の演奏動画を埋めておきます。
三曲目の「鎌倉殿の13人 メインテーマ」は、多くの方にとっては馴染みの曲なのではないでしょうか、現在放映中のNHK大河ドラマのテーマ曲ですから。何度も言いますが私はテレビを見ない(テレビがないので見ようもない(^^))ので、全く知りませんが、三谷幸喜さん演出らしいので、きっと面白いんだと思いますけど。
曲自体もとても高揚感があって素晴らしいですね。
四曲目の「上を向いて歩こう」は、1985年8月、御巣鷹山での日航ジャンボ機墜落事故で急逝された坂本九さんの代表曲で、「SUKIYAKI」とのタイトルで世界中で大ヒットしました。なぜ、そんな変な英語タイトルが付いたのか、当時、世界中で知られている日本語がほとんどなく、「すき焼き」なら日本の歌だとわかるだろうということで名付けられたのだ、と子供の頃聞きました。本当かどうかは分かりません(´-`).。oO
でも、英語の歌詞でのレコードも販売されたそうですが、米国での売上1位を獲得したのは、坂本九さんの日本語版だったそうですから、やはり歌詞の意味よりも、その歌唱そのものに聴くものの心を動かす力があったということなんだと思います。
坂本九さんの日本語版↓
英語版↓
五曲目の「瑠璃色の地球」は、ご存知のとおり、松田聖子さんが歌われた大いなる愛情に満ちた美しい曲ですが、植田隊長からは、「海上自衛隊には、昨年入隊した自衛隊初の男性ボーカリストのほか、2名の歌姫がいます。追々皆様のお目に触れることもあると思いますが、本日は、2等海曹・三宅由佳莉の歌でお送りします」との紹介がありました。隊長が、「本日は、2等海曹・」と仰ったところで、まさか橋本晃作さんではとちょっと思いました(嘘です)。
三宅由佳莉さんの「瑠璃色の地球」、実は、モンスターさんがまだ福岡に居られた頃、山口県小月で開催される海自小月教育航空群の航空祭で、佐世保音楽隊のゲストとして三宅由佳莉さんが出演するとの情報を得て、当地へ遠征され、初めて三宅由佳莉さんの生歌を聴かれた際に歌われていた曲なんです。モンスターさんからの報告をもとに記事を書きながら、「あー、聴いてみたいなぁ」と思ったのでした。いつか聴けたらいいなぁと思っていた曲を、今回目の前で聴くことができたのです。
三宅由佳莉さんは、どんなジャンルの曲も歌われますが、生命を育むこの大切な地球を守りたいという壮大なテーマを持つこの曲を歌われる姿は、慈愛に満ちた大いなる母性を感じさせます。
海自公式チャンネルにアップされている動画がありますので埋めておきます。
六曲目の「海の見える街」は、宮崎アニメ「魔女の宅急便」の劇中曲で、修行の旅に出た見習い魔女のキキが、住むことに決めた海のみえる街の下宿屋で、頼る者のない心細さや、だけど膨らむ希望や、そんな様々な心模様が、繊細なメロディで見事に表現されているような気がします。演奏されたのは海上自衛隊の音楽隊だけが演奏することを許されている、ボサノババージョンです。
ちょっと前になりますが、2019年2月の横須賀ふれあいフェスタの時の東京音楽隊の演奏動画を埋めておきます。
因みにですけど、2018年にパリで、現地のオーケストラによるオリジナルバージョンを、作曲者である久石譲さんご自身が振っている動画がありましたので、併せて埋めておきます。海自のボサノババージョンもとても素敵ですが、オリジナルバージョンも忘れないように、たまには聴いてみるのがいいんじゃないでしょうか(╹◡╹)
最終曲の演奏が終わりますが、万雷の拍手の応えて、植田隊長が指揮台の上から右手の人差し指を立てて、「もう1曲」のお約束ジェスチャをすると、拍手は更に盛り上がりますが、隊長が音楽隊に向き直り、タクトを構えると、館内は静まり返り、固唾を飲んで音を待ちます。
そして、静寂を破って演奏が始まると、会場全体から大きな手拍子が巻き起こりました。演奏会が再開されるようになってから、まだ日が浅いので、コロナ禍が始まって以来、今回初めて生で「軍艦」をお聴きになる方も少なくないはずです。そんなみなさんの「待ってたよ!」な気持ちが、大きな手拍子に託されているような気がしました。
2019年に行われた東郷の杜音楽祭での、東京音楽隊による行進曲「軍艦」の動画を埋めておきます。
さて、演奏会から報告まで一週間以上かかってしまいましたが、当日会場に足を運ぶことができなかった方々に、演奏会の様子が少しでも伝わったなら幸いです。