あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

今年の遠洋練習航海(4)

 先日、「今年の遠洋練習航海(3)」という記事で、遠洋練習航海部隊の後期日程が公表され、8月28日(金)に出航することを紹介しました。

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 プレスリリースと同時に、海上自衛隊のホームページ上には、後期日程用のページが作られていました。

 そこに掲載されている航路概要です。

 おや?と思われましたか?

 アラスカに向かうなら、太平洋上をまっすぐ北東進すれば良いものを、寄港地もないのに何故わざわざ津軽海峡宗谷海峡を経由してオホーツク海を通っていくんだろう?

 もちろん部外者の私にわかるはずはありませんが、一般論で言うならば航行実績を残すこと、つまり「チャレンジ」の一環ではないかと思われます。

 私がまだ1等海尉の頃、統合幕僚会議事務局(現在の統合幕僚監部の前身)で2年ほど門前の小僧をしていたのですが、隣の班の陸自の先輩が、ある安全保障関係の国際シンポジウムに参加され、その時の興味深いエピソードを教えてくれたことがあります。

 ロシアから参加した研究者の発表の中で、「オホーツク海はロシアの海岸だけを洗っている」との表現があったので、その先輩は発言を求め「オホーツク海は日本の海岸も洗っているぞ」と反論したところ、会場がざわめいたと言うのです。

 発表が終わると、ロシア人研究者が歩み寄り「先ほどの発言は、クリル諸島北方領土)のことを指しているのか」と聞かれたので、「それもそうだが、北海道はオホーツク海に面しているではないか」と指摘すると「あー、確かに」と呆気にとられたような表情をしていたそうです。

 このエピソードが示すように、ロシアにとってオホーツク海は聖域であり、自分たちの内海だとの意識が強いんだと思います。でも、陸自の先輩が言うとおり、北方領土のことはさて置いたとしても、我が国の沿海でもありますし、その大部分は公海ですから、航海自由の原則が適用されます(EEZに係る経済活動の制約はありますが)。

 でも、一般論として、相手国の主張に配慮してある海域への入域を避けていると、事実上の聖域が成立してしまい、任務所用に応じて入域しようとした場合、相手国に無用の警戒心を抱かせかせるようなことにもなり兼ねません。ですから、平素から航行実績を積み重ねることで、自らの航行の自由を相手国に認識させておく必要があるのです。もっとも、そのような意図の有無を海自が公表するわけもありませんので、推測の域を出ませんが、一般的に考えればそういうことでしょう。

 その辺のところを解説した記事を以前書いていますので、興味のある方はお読みください。

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 そして、もう一つ特徴的な航路が見て取れます。そうですね、アラスカのノームに寄港する前になぜか大幅に北上し、また南下しています。何とも不自然なこの航路は一体何なのでしょうか。これもまた、「チャレンジ」の一環かも知れません。海自の艦艇がベーリング海峡に入域するのはおそらくこれが初めてだと思います。

 何故ベーリング海峡にこだわるのか。これもまた推測の域を出ませんが、一般に地球温暖化と呼ばれている近年の気候変動に関係がある思います。

 近年の気候変動により、北極海の氷海が縮小し、夏期の2ヶ月ほどは航路として使用することもできる状態になっています。期間は短いですが、我が国を含む極東地域から欧州への航路として見た場合、スエズ運河を経由するよりも3割ほど距離が短縮されますので、その経済効果は非常に大きいと言えます。

 そして、氷海の縮小はまだ続いていますので、航路として使用できる期間も次第に長くなる傾向にあります。ですから今、北極海を通る北方航路を巡り、各国のせめぎ合いが静かに進行しています。

 例えば、かなり前から、北海道への中国資本の進出が言われており、もちろん様々な狙いはあると思いますが、北方航路の中継地として、釧路港を確保することもその一つではないかと見られています。

 いずれ、ベーリング海峡は、現在のマラッカ海峡のように多数の船舶が行き交う有数の海峡になる可能性があるのです。つまり、我が国の重要なシーレーンが北方にも伸びる可能性があるということでもあります。このため、海自としてもベーリング海峡から北極海に至る海域での行動実績を積んでいく必要があると考えていてもおかしくありません。いや、考えていなければおかしいと思います。その意味で、今回の遠洋練習航海部隊の後期日程で、まずベーリング海峡に入域して、航行実績づくりの足がかりにするとともに、海域の情報収集を行うと考えれば、あの航路図がちっとも不自然には見えないのではないでしょうか。あくまで推測ですけど。

 そして、遠洋練習航海部隊が北極海を通って欧州方面に進出するような時代が、遠からず訪れるような気がします。