あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「航空宇宙自衛隊」だって?

 すでにご存知のことかとは思いますが、1月5日以降の報道等によりますと、防衛省は、航空自衛隊の名称を「航空宇宙自衛隊」に変更すべく、2021年度に関連法を改正する方向で検討に入ったとのことです。

 巷では、昨年暮れに航空自衛隊が広報用に配布したポスターと絡めて話題になっているようですね。

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 F−2戦闘機(奥)と編隊を組んでいるのは、人気アニメ「超時空要塞マクロス(The Super Dimension Fortress Macross)」に登場するVF−1バルキリーという戦闘機(手前)で、戦闘ロボットにトランスフォームすることができます。凄いな(╹◡╹)

 そして、「その先の未来へ」というコピーが、航空宇宙自衛隊へのトランスフォームを暗示しているのではないかと言うわけです。どうなんでしょう…

 

  承知する限り、防衛省からの公式な発表はなされていないようですので、事実関係については確認のしようもありませんが、担当部局において2021年度の予算要求作業がまさに始まろうとしているこの時期に、航空自衛隊の名称そのものを変えるという大変インパクトの大きい事業に関する観測気球が、防衛省首脳や官邸の了解もなしに上がるとはとても思えません。

 つまり、政府として既に編成要求する意思を固めたものと見るべきだと思いますし、そもそも、一つの軍種の名称を変えるなどという発想は、なかなか担当レベルから出て来るものではありません。発想の出所は、相当高いレベルなのではないかとも想像します。おそらくですが、2020年度に航空自衛隊に新編される予定の「宇宙防衛隊(仮称)」の編成要求過程で、検討の必要性が指摘されたものではないでしょうか。

 

 言うまでもなく、航空自衛隊が現在防衛を担任しているのは我が国の領空です。では、領空とはどの範囲を指すのでしょうか。そうですね、領土、領海の上空を指すのですが、ではその上限はどこまで? と聞かれると考えてしまいますよね。そこに、今回話題となっている名称変更の鍵があります。

 昔はそんなこと考える必要がありませんでした。何しろ航空機が飛べる限度以上のことなど考えても意味がありませんでしたから。

 でも今は違います。夥しい数の人工衛星静止軌道上に張り付いていますし、より低高度の空間も、様々な用途の人工衛星がひっきりなしに周回しています。衛星打ち上げ用のロケットも頻繁に飛行していますね。

 また、弾道ミサイルは、一旦宇宙空間まで運ばれたのち、自由落下しながら大気圏に再突入して目標に到達します(ミサイルについては、以前に書いた記事がありますので、興味のある方はご覧になってください。)。

www.capitandiaryblog.com

 そこで、領空の上限はどこまでなのかが問題となるわけです。

 無限の上空までを領空としてしまうと、人工衛星や打ち上げロケット、弾道ミサイルなどは、いちいち管轄国の了承を得なければ運用できなくなってしまいます。逆に、管轄国は、上空飛行を拒否しようにも、それを強制する手段がありません。

 そのような現実的な理由から、宇宙空間は国家の主権が及ばないということでいいよね、ということになってはいるのですが、どこからが宇宙空間なのかについては確定していません。実務的には、人工衛星の最低運用高度よりも上空を宇宙空間とみなしているようです。

 因みに、人工衛星は自らの速度が生み出す遠心力と地球の重力が釣り合う高度を飛んでいますが、重力の強さは距離の2乗に反比例しますので、高度が低くなればなるほど高速で飛行する必要があります。ただ、低高度になると、薄いとはいえ空気抵抗の影響を受けますので、重力と空気抵抗の二重苦が課せられる高度300km以下は、人工衛星の世界では「超低高度軌道」と呼ばれ、長時間の運用が極めて難しい領域となります。

 現在ギネス認定されている人工衛星の最低飛行高度は167km。一昨年の12月24日に、我が国の地球観測衛星「つばめ」(下の写真)が記録したもので、それまでの記録である224kmを大幅に更新しました。

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 このように、人工衛星の世界では、「より低高度」がフロンティアとなっており、新たな衛星軌道の「開拓」が行われています。

 では逆に、航空機の飛行高度はどの程度なのでしょうか。

 私たちが利用する旅客機は、通常高度1万メートル前後、つまり約10kmを巡航高度として飛行しています。これは、空気抵抗とエンジンの燃焼効率の双方から導き出された経済飛行高度です。

 その経済性を度外視して最高飛行高度に挑戦したのが、NASAのX–15で、ジェットエンジンを搭載した通常の航空機とは異なり、ロケットエンジンにより飛行するロケットプレーンでした。

 この飛行機は、1963年に最高飛行高度約108kmを記録しましたが、この記録は今もって破られていません。また、1967年には最高速度マッハ6.7を達成し、この記録も未だ健在です。現状ではこれが飛行機の限界と言えるでしょう。

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NASA - NASA/DFRC, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1978148による


 こうしてみると、領空と宇宙空間の境界を確定するのは難しいけれど、実務上はこれを別々に扱っても問題なさそうだということが理解できるのではないでしょうか。

 でも、航空自衛隊にしてみれば、そのことが逆にジレンマとなります。実務上別物として扱ってきた宇宙空間が防衛担任領域となるわけですから、航空自衛隊のままでは実態を表していないことになってしまいます。

 だからこそ、「宇宙防衛隊(仮称)」の編成要求の際に、何故「航空自衛隊」が宇宙空間を扱うのかという問題提起がなされたのではないかと思うわけです。

 

 おそらく、名称の変更はされると思いますし、それは適切な措置だとも思います。ただ、重大ではないにせよ、きっと悩まされるに違いない課題が他にもありそうです。

 まず、英語名称はどうなるの? という問題です。なかなか難しいですよね。でも、悩ましいところはあるにせよ、そこは知見を持った方々が大勢いらっしゃるので、なんとかなるでしょう。

 より厄介そうなのが、現在広く使われている「空自」という略称をどうするのかという問題です。

「宇自」では抹茶金時みたいですし、「空自」のままなのか「空宇自」と書いて「くうじ」と読む、なのか。また、航空幕僚長は「航空宇宙幕僚長」となるのでしょうけど、やはり「空幕長」という略称はどうするんでしょう。事業要求過程では出てこない問題ですが、いつか必ず誰かが「悩む」ことになると思います。

 そしてもう一つ。

 セントラルバンドである「航空中央音楽隊」はどうでしょう。ひょっとして「航空宇宙中央音楽隊」になるんでしょうか、それはそれでゴージャスだな(╹◡╹)