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海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

第35回防衛セミナーの報告(その2:演奏会編)

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 昨日、その1で防衛セミナーの講話編を報告しました。

retcapt1501.hatenablog.com

 今回は、お二人の講話に引き続き、同じステージ上で行われた東京音楽隊の演奏会について報告したいと思います。

 講話も各講師がそれぞれ30分の持ち時間でしたが、東京音楽隊による演奏会の枠も同じく30分であり、短い時間ではありましたが、非常に充実した内容でした。セミナーのテーマが「明治150年」ということもあり、東京音楽隊の演奏も、そのテーマに沿った選曲となっています。明治というテーマに絞った演奏会というのはなかなかありませんので、その意味でも大変興味深い演奏会でした。

 プログラム6曲、アンコール2曲の合計8曲でしたが、それぞれについてトレースして見たいと思います。

①ヘイルコロンビア

 この曲は、初代のアメリカ国歌です。ヘイル(heil)は万歳という意味で、コロンビア万歳という曲名です。では「コロンビア」とは? 南米にもコロンビアという国がありますし、アメリカ合衆国サウスカロライナ州の州都もコロンビアです。カナダにはブリティッシュコロンビア州があります。コロンブスにより発見されたという意味合いをもつ名称です。ですが、ここで言うコロンビアとはアメリカ合衆国の古名あるいは雅名であり、日本のことを大和と言うのと同じような位置付けになるようです。

 つまり、ヘイルコロンビアとは「合衆国万歳」ということですね。因みに、ナチスドイツにおいて敬礼の際に発せられた「ハイル・ヒトラー!」のハイルは綴りも意味もこのヘイルと同じです。

 1854年3月8日(嘉永七年二月十日)、合衆国海軍のペリー提督が横須賀の久里浜に上陸した際、艦隊付の軍楽隊が演奏したのがこの曲だと言われています。米海軍の上陸の様子を遠巻きに見ていた地元の住民は、初めて聞く洋楽に驚いたかもしれませんね。

 そんな当時の様子を想像しながら、東京音楽隊の演奏を聴くと、何やら感慨深いものがあります。

 

②維新マーチ〜宮さん宮さん

 荒木美佳さんによる曲の紹介が終わったにも関わらず、指揮台の樋口隊長が客席の方を向いたままなので、「あれ?」とは思いましたが、まさか会場右の入り口から奏者が演奏しながら入場してくるとは思いませんでした。意表をついた演出に「やられたな」と、素直に感心しました。維新マーチは、昔から何度も聴いたことのある馴染みの曲ですが、「維新マーチ」と言う曲名だということは、今回初めて知りました。今野高嗣さんのスネアドラムと目黒渚さんのピッコロによるスペシャルユニットが、この曲を奏でながらステージまでの通路を練り歩きます。

 ステージに上がり、客席を向いたお二人は、維新マーチから「宮さん宮さん」へと曲を繋ぎます。荒木美佳さんの前説によれば、「宮さん」とは、明治新政府総裁にして東征大総督であった有栖川宮熾仁親王を指すようです。

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有栖川宮熾仁親王 - Wikipedia

 目黒さんのピッコロを単独で聴く機会というのもそうあるものでもありませんし、なんとも奇抜な演出で、とても印象に残る演奏となりました。

 

NHK大河ドラマ西郷どん」メインテーマ

 この曲は、東京音楽隊が昨年多くの演奏会で演奏した、NHK人気大河ドラマのメインテーマです。私も、昭和女子大で行われたインクルージョンフェスティバルでの、「驚きの演奏会」とオペラシティでの「音楽の玉手箱」に引き続き、3度目の機会となりました。演奏途中から三宅由佳莉さんが登場して、ヴォカリーズを聴かせてくれるのですが、聴くたびに情緒的な表現が深まってきた感じがします。動画をご覧いただければ分かると思いますが、ヴォカリーズの最後の歌い上げなどまさに、身をもって我が国の礎となった西郷どんへの追慕の念を曲に吹き込まんとする気迫を感じます。

 大河ドラマのテーマですので、今年は演奏されることもないでしょう。その意味で、集大成の演奏であり、歌唱であったのだろうと思います。

 

④広瀬中佐

 海軍中佐広瀬武夫の勇敢かつ壮絶な最期を描いた曲ですが、哀調に陥ることなく勇壮な曲調となっています。「佐久間艇長」や「勇敢なる水兵」にも言えることですが、壮絶な最期ではあっても、軍人としての本分を全うしたことを勇壮に讃えることが、却って本人の死に肯定的な意義を与え、報いることになるとの思考が汲み取れます。

 私見ではありますが、昭和期の軍歌あるいは軍事歌謡には、哀調を帯びた曲が少なくないような気がしますし、その背景には軍人の死生観の視点というものが国家レベルから私人レベルに移行する傾向があったのではないかという気がしています。

 さて、広瀬中佐です。その誠実で質実剛健な性格から広い交友関係を持っていた広瀬ですが、生涯独身でした。ロシア語に堪能で、駐在武官として勤務していた際には、モスクワの社交界でも人気があったようです。アナトリー・コワリスキー大佐の娘アリアズナとの純朴なロマンスは有名で、旅順閉塞作戦で広瀬が戦死したとの報に、アリアズナは喪に服したと言います。

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広瀬武夫 - Wikipedia

 我が国初の軍神となった広瀬中佐のことを偲びながら、川上良司・海曹長の馥郁とした歌声を聴くと、一層の味わいが感じられます。

 

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」より「スタンド・アローン」

 この曲については、何も言う必要がないでしょう。三宅由佳莉さんの代表曲の一つだと私は思っています。ここ2年ほど公の場で歌われる機会がありませんでしたので、内心寂しい気がしていましたが、昨年6月の全自衛隊空手道選手権大会で歌われたとの情報に接し大変嬉しく思いました。歌い続けていてくれることがわかっただけでもありがたいことだったのです。それが、東郷の杜音楽祭では、予想もしていなかったこの曲がアンコールで歌われたのですから、どれほど感動したことでしょう。そして今回、再び生演奏でこの曲を聴くことができました。本当に幸運と言う他ありません。

 2016年の橿原神武祭で歌われた「STAND ALONE」は、まさに名唱と呼ぶに相応しいものだったと思います。大変人気が高いですよね。私の中にも橿原のイメージがしっかり出来上がっていました。

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 ところが、東郷の杜での「STAND ALONE」は、それとは違うイメージを私に与えました。「何だろう」その時はよくわかりませんでした。

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 そして今回、再び生の演奏を聴き、明らかな違いがあることを確信しました。

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 歌唱法について私は知見を持ちませんが、以前とは異なるのではないかと思いますし、2016年までに作り上げた歌に細部表現を織り込もうとされているように感じられます。技術的なことはわかりませんが、感覚で申し上げるならば、描いている世界がより大きくなっているということです。

 これは、先月14日にトリフォニーホールで「見上げてごらん夜の星を」を拝聴した際に感じたものと非常によく似ています。その時の感想を引用します。

この歌に乗せる思いが、ずっと深く掘り下げられているのを感じました。どう表現していいのかわかりませんが、私の感じたのは多分こんなことだと思います。動画の三宅さんは、聴く者と同じ目線で、目の前にいる誰かに語るように歌っておられるのですが、今回のステージでの三宅さんは、あらゆる人々への慈愛に満ちた、そんな力強さを感じさせました。まさに超然とした、という表現が似合います。最後に両手を左右に広げる様は、圧巻でした。この数年で、どれほど成長されたのかがこの曲でよくわかりました。いや、素晴らしい以外に言葉が見つかりません。

 20代に到達した一つの境地を乗り越え、新たな殻を破るかのように更なる高みを目指して歩み続けている姿を見た気がしました。

 

⑥小栗のまなざし

 今回の防衛セミナーにおけるプログラムの最終曲として、これ以上相応しい作品はないかもしれません。幕末から現代に至る横須賀の発展と海軍の建設に大きく貢献し、足腰の強い国力の基盤を創り上げながら、非業の死を遂げざるを得なかった小栗公。その胸中に思いを馳せながら、東京音楽隊が心を込めて奏でるこの曲を聴くとき、先人への感謝の気持ちが自然と湧いてきますし、混乱の中にあっても、この国の行く末をしっかりと見つめていた確かなまなざしに、我々が学ぶことは多いのではないかと、改めて思わずにはいられません。

 素晴らしいプログラムだったと思います。

 

アンコール曲

 プログラム終了後、指揮台を降りて喝采に応える樋口隊長ですが、鳴り止まない拍手に、ゆっくり指揮台に近づき、観客に向かって「じゃぁ1曲ね」という感じで可愛く人差し指を立てて、会場の笑いを取りながら喜ばせます。こういうユーモラスな小技が豊富なのも、樋口隊長の持ち味の一つだと思います。

いい日旅立ち

 奏でられたのは「いい日旅立ち」でした。一昨年の10月にリリースされたアルバム「SING JAPAN」に最終曲として収められていますが、今回はセミナーのテーマでもあり、開催地でもある横須賀に所縁の深い山口百恵さんの曲が選ばれたということなのだと思います。

 アルバムでしか聞いたことのないこの曲、三宅由佳莉さんの生の歌声をステージで聴くことができて幸運でした。アルバム収録では、密やかに囁くような歌い方ですが、ステージ上では、はるかに表現の幅が広がります。

 昨年の7月以降、三宅由佳莉さんの歌を生で拝聴する機会が大変多くなりましたが、それまで私が聴いていた動画やアルバムの三宅さんとは違うという感覚はなんとなくありました。

 更なる高みを目指していることも確かだと思いますが、自らに定着しているイメージを変えていこうとされているのではないでしょうか。あるいは、新たな顔を創り上げようとされていると言った方がいいのかも知れません。

 

②行進曲「軍艦」

 そして本当の最終曲は、もちろん行進曲「軍艦」です。

 川上良司さんと三宅由佳莉さんによるヴォーカルは、今や定番と言っても良いほど定着していますね。この曲を歌うお二人の左手の拳もやはり握られています。つまり「気を付け」の姿勢で歌っているのです。そういうところに歌い手の気持ちが現れます。

 そして、歌い終わった後は、お辞儀ではなく10度の敬礼。見ていてとても気持ちがいいですね。何度でも聴きたい曲です。

 

 縷縷綴ってまいりましたが、「能書きより動画を見せろ」という声にお応えして、当日の動画を貼っておきます。どうぞ全体を通してお楽しみください。

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