あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「本日の立て付けは、当日の服装」

 今回は、海上自衛隊の特殊な用語について解説するシリーズを始めますという記事です。先回「ただいまから、上甲板でシャワーを許す」という記事を書いた際、ゆきかぜさんから「上甲板」は正式にはなんと読むのか、「甲板」は「かんぱん」なのか「こうはん」なのかとのご質問をいただきました。答えは「じょうかんぱん」ですし、「甲板」は「かんぱん」「こうはん」二通りの読み方がありますが、海自では「かんぱん」としか読みません。このように解説すれば、迷いがなくなりますよね。

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 このことがきっかけで、現役の海上自衛官の頃には当たり前のように思っていた海自用語が、海自以外の方にとっては「はぁ?」という感じになる場合が多いにちがいないと思い至りました。

 三宅由佳莉さんのファンの方にとっては、インタビューなどで三宅さんが語る海自用語をよりよく理解する一助にもなるかと思われますので、少しづつ、取り上げて解説していきたいと思います。

 今回のタイトル「本日の立て付けは、当日の服装」、海上自衛官ならばこれが何を意味するのか完璧に理解できるのですが、どうでしょう、伝わりますか?

 

 「立て付け(たてつけ)」とは、平たく言えばリハーサル、事前の練習・確認作業といった意味です。海上自衛隊では、様々な儀式や行事が行われる際、日日命令(にちにちめいれい/略して「にちめい」という)というものが指揮官から発出され、その命令書に細部の実施要領が書かれています。でも、それだけで本番がスムーズに運ぶものではありませんから、参加者が一同に会して計画どおりに物事が運ぶのかどうか、不具合はないかなどを確認するためのリハーサルを行います。これが「立て付け」です。海上自衛隊で勤務していると、頻繁に聞く言葉です。

 さて、問題は「当日の服装」です。

 立て付けの際の服装のことを言っているのですが、これはどんな意味だと思いますか?

 当日の服装というくらいだから、「本番当日の服装」という意味だろう。と思われる方が多いのではないでしょうか。言葉の字面からも、そう理解するのが自然ですよね。

という展開から、「ちがうんだろ」と思った方、正解です。

 この「当日の服装」というのは、立て付けの際、各々が着用している服装のままでよいということです。つまり、立て付け当日に着用している服装ということです。

 東京音楽隊で言えば、この写真のように、ブルーの作業服姿で本番に向けたリハーサルを行っている状態が、当日の服装での立て付けというわけです。それにしても、三宅由佳莉さんは、作業服のボタンを一番上まで閉めておられますね。まだ着任間もない1等海士の頃の画像だからなのでしょうか、それとも東京音楽隊はその辺厳しいのでしょうか。きっと、三宅さんが本当に真っ直ぐな方だからだと思います。

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 さて、「当日の服装」、なぜ、わざわざ混乱を招くような表現になっているのかはわかりません。おそらく帝国海軍の頃からの習わしなのでしょうし、一度「そういう意味だ」と聞けば部内的には間違う者はいないので、特に問題視されてはいませんでした。

 ところが、近年、陸海空自衛隊の部隊が統合運用される機会が増え、また常設の統合部隊も置かれるようになってきました。こうなると、このようなちょっとした言葉の意味の取り違えで大きな事故につながる恐れもあることから、言葉の共通化、統合化の必要性が認識されていますし、改革が相当程度進んでいます。

 自衛官以外の方からすると、「言葉なんて統一すればいいじゃん」ということなのでしょうが、言葉は文化です。たかが「用語」でもそこに込められた思いというものがあり、軍種ごとの誇りというものがあるのです。効率化の面だけで片付けてよい問題ではないと思います。

 それともう一つ。革新勢力はいつの世も、自分の能力を過信するきらいがあり、頭のなかですべて解決できると思い込んでいます。他方、保守勢力というのは、長年受け継がれてきた伝統や慣習というものには、時の流れを経ても淘汰され得なかった理由があるはずだと考え、容易にこれを捨て去ることへのおそれの気持ちを持っています。

 その一例を紹介します。

 数字の数え方です。

 海上自衛隊では、1、2、3、4・・・・を、ひと、ふた、さん、よん、と発音し、時刻も、例えば12時30分ならば「ひとふたさんまる」、23時45分ならば「ふたさんよんご」と呼びますし、口頭での報告時にもそのように言います。

 ところが、陸上自衛隊航空自衛隊では、ひと、にー、さん、よん、となり、時刻の言い方も「ひとにーさんまる」「にーさんよんご」となるわけです。

 この数字の読み方は、当初陸・空式に統一されましたが、海自艦艇同士の洋上での無線交話において、数字の取り違えが頻回に生じたことから、現在では「ふた」も併用できるようになっています。やはり、伝統には経験に基づく重い意味があるのです。

 今回は、「立て付け」と「当日の服装」について解説を試みました。ついでに数字の読み方もご紹介しました。こんな言葉を聞いたけど、どんな意味? というものがあれば、コメント欄に書いていただけると幸いです。

 因みに、海自の「当日の服装」に相当する陸自の用語は「時装(じそう)」です。これも同じくらい意味が通じないですよね(^^)