防衛大学校の学生時代、護衛艦実習で西日本のある港に入港した時のことです、実習員は制服で上陸し、必ず複数で行動することになっていましたので、私たちは防大の夏制服を着用し、2〜3人のグループごと街に繰り出しました。当時、基地の町以外では、自衛隊を見る国民の視線は、概してとても冷ややかでしたので、制服上陸は結構神経を使うものでした。
帰艦後、他のグループの連中から聞いた話です。彼らは、少し遠出しようと路線バスに乗ったそうです。制服でいる場合、空席があっても絶対に座らないのが防大生の不文律でしたので、彼らも立ったままでしたが、たまたま目の前の席から彼らの制服姿を見た幼児が母親に向かって
「お母さん、かっこいいね」
と目を輝かせながら言ってくれたので、彼らの表情が綻びかけた瞬間、
「何言ってるの!あんたもちゃんと勉強しないと、あんな風になっちゃうんだよ」
との母親の言葉に、大変バツの悪い思いをしたとのこと。
聞いた我々は「勉強しても、こんな風だけどな」と大笑いしました。
批判や誹謗中傷に対しては、このように自虐的に受け流すのが私たちの習い性になっていましたが、決して卑屈だったわけではありません。自分たちの使命を誇りに思っていました。しかし、それは原罪を背負わされた誇りとでも言いましょうか、世間様に向かって胸を張ることを許されない誇りなのでした。
入校以来、防大1期生の卒業式における吉田茂首相の訓示のことを何度も聞かされていた我々は、自分たちが日陰者扱いされていることこそ、国民が幸せに暮らしている証なのだと考えていましたし、それは事実だと今でも思います。
最近、自衛隊に対する国民の支持が、かつてないほど広がっているような気がしますし、そのこと自体、OBとしては嬉しい限りです。しかし、それは東日本大震災を契機とした大災害への備えや、周辺国、特に北朝鮮と中国の軍事的脅威が現実のものとして認識されているという、国民にとっては好ましからざる情勢が背景にあるのだということに思いを致すとき、改めて吉田茂氏の訓示の意義を認識させられます。
※【昭和32年2月 防衛大学校第1期生卒業式 吉田茂総理大臣訓辞】
「 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。 きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない、御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。 どうか、耐えてもらいたい。」